Tadasu Oyama

遺 稿

研究ノート
"我が国におけるゲシュタルト心理学の導入"
    大山 正(元東京大学·元日本大学)

   

『心理学史・心理学論』 Vol.20/21 詫摩 武俊・大山 正 両先生追悼号 2020年 

要約:
20世紀初頭から中期におけるゲシュタルト心理学の日本の心理学への影響について、次の9項目にわたり展望した。
1.ゲシュタルト心理学の発足、2.高木貞二による1921年のゲシュタルト心理学紹介と関連する彼自身の視知覚に関する実験研究、3.佐久間鼎のレヴィンとの共同研究と帰国後のゲシュタルト心理学の紹介、4.千輪浩のケーラー指導下の研究と帰国後のゲシュタルト心理学の普及、5.旧制高等学校教授項目のゲシュタルト心理学化をめぐる論争、6.盛永四郎のメッツガー及びルビンとの共同研究と帰国後のゲシュタルトの立場からの視知覚の実験研究、7.日本の知覚研究への影響(場理論など)、8.日本の行動研究への影響(チンパンジーの道具使用研究、集団力学を含む)、9.終わりに。

キーワード:ゲシュタルト心理学、日本の心理学、場理論、生活空間、全体と部分

1 ゲシュタルト心理学の発足
 1910年夏、ウェルトハイマー(Max Wertheimer,1887-1941)が旅行中に着想をえて、フランクフルト大学において仮現運動の実験を行い、同大学の助手のケーラー(Wolfgang Kohler,1887-1967)、コフカ(Kurt Koffka,1886-1941)夫妻が被験者をつとめ、実験結果について互いに討論し、ゲシュタルト(Gestalt)説の基礎を固めた(Boring,1950;今田,1969)。
 この研究に基づいてウェルトハイマーは1912年に論文「運動視の実験的研究」を発表した(Wertheimer,1925)。フランクフルト大学のシューマン(Schumann)教授の理解と支援によるところが大きい。
 まもなく第1次世界大戦(1914~18)が起こった。その間、ケーラーはテネリファ島に於いてチンパンジーに対して、道具の使用などの実験を行い「類人猿の知恵試験」(Kohler,1917)を発表した。
 他方レヴィン(Kurt Lewin,1890-1947)は一兵士として戦場に赴き、その経験に基づいて「戦場の景観」(Lewin,1917)を発表した。さらにケーラーは物理現象にもゲシュタルト性が存在することに注目し「物理的ゲシュタルト」を発表した(Kohler,1920)。その内容は吉岡修一郎(1935)により「ゲシタルトの問題と解説Ⅲ」として紹介されている。

2 高木貞二による視察報告と実験研究
 高木貞二(1893-1975)は東京帝国大学(以下、帝国略)を卒業(1919)後、アメリカのコーネル大においてティチナー(Titchener)教授(ヴント(W.Wundt)の下で学位取得)指導の下で研究していたが、留学の帰路(1920~21)、第一次世界大戦では敵国であったドイツを視察し、帰国後1921年にウェルトハイマーらの研究を東大心理学談話会で報告した(今田恵,1969,p.376;日本心理学会,1980,p.203;大泉,2003)。
 高木は第三高校教授(1922~33)、京都大学講師(1929~33)を兼務在任時に、山雀(ヤマガラ)に於ける形の弁別並びに形の恒常性に関する実験的研究(高木,1933)を行い、それから東京大学に移り、助教授·教授を歴任した(1933~54)。その間3次元空間中における「近接の要因」並びに「類同の要因」について研究し、3次元空間中の網膜上の近接か、知覚的近接かを吟味した(高木,1940)。この研究は第13回国際心理学会議でも発表され(Takagi,1951)、ゲシュタルト心理学者メッツガー(W.Metzger)から称賛されたとのことである(大山,2013)。またゲシュタルト心理学の解説(高木,1949)を著わしている。

3 佐久間鼎による導入
 佐久間鼎(1888-1970)は我が国の最初の専門的心理学者である元良勇次郎(1858-1912)の末期の学生であるが、東京在住中(日本大学予科教授)(大泉,2003)であったので、前述の高木貞二の帰国報告を聴いたと推定される。また長男の佐久間章(1999)によるとコフカのゲシュタルト心理学紹介論文(Koffka,1922)を読み、九州大学教授予定者としての留学(1923~25)先にBerlin大学を選び、留学中にレヴィンとの共同研究を行った(Lewin & Sakuma,1925)。また「ゲシタルトの問題と解説」Ⅰ·Ⅱ·V巻(1932-1937)を執筆し、ケーレル「ゲシタルト心理学」(Kohler,1929)を翻訳出版して、我が国におけるゲシュタルト心理学の導入に貢献した。なお彼はGestaltを「ゲシタルト」と表記するが、彼の音声学的見解によるとのことである。また九州大学の心理学教室の初期の建築はベルリン大学のそれを模したものともいわれるが、完全なコピーではなく、レヴィンの意見を参考にしたものだと言う(日本心理学会,1980,p.218;佐久間章,1999)。

4 千輪浩の貢献
 東京大学助教授であった千輪浩(1891-1978)はべルリン大学に在外研究に赴き(1933~35)、主としてケーラーの指導を受けた(日本心理学会,1980, p.202;高砂,2000,2001)。
 千輪浩『現代心理学』(1948,1968)はゲシュタルト心理学に基づいたものであり、知覚的事象、事象規定の基準と自己、記憶的事象、心理学的「人」と要求実現行動、目標的行動、複雑なる心的活動の章から構成されている(その際の引用文献数は次の通りであった:ウェルトハイマー9、ケーラー13、レヴィン9)。また学習過程を、安易に過去経験の効果で説明する傾向に否定的なゲシュタルト心理学の立場から論じ、場の履歴効果として考察している(千輪,1943)。晩年の回想記録もある(千輪,1977)。

5 旧制高校心理学教授項目問題
 1939(昭和14)年に文部省「高等学校心理学教授項目」の原案を当時文部省視学官教育調査課長であった小野島右左雄(1923~26:ベルリン大学留学)が審議会心理分科会(佐久間鼎、相良守次、千輪浩、岡本重雄、小保内虎夫)に提案し了承された(小保内(当時、東京高校教授)は反対した)(佐藤,1999;小野島,2002)。
 この事実が知られると当時の多くの大学の心理学教授たちから反対の意見が述べられ、桑田芳蔵東大教授と野上俊夫京大教授が同年2月25日に文部省に反対意見を述べに行ったと、当時の東京朝日新聞、読売新聞にも報道された。原案は廃案となり、修正案が採用された。ゲシュタルト色は消された。ゲシュタルト心理学創始者はナチスに追放されたユダヤ系学者であったのにもかかわらず、ゲシュタルト心理学の全体論と政治上の全体主義が混同された向きもある。

6 盛永四郎の貢献
 盛永四郎(1908-1964)は東京大学で増田惟茂に師事(1930~35)した後、フランクフルト大学に留学し、メッツガー(Metzger)の指導下で研究(1935~39)、またコペンハーゲン大学のルビン(Rubin)の下でも研究(1939~40)し、米国視察後帰国した(大泉,2003)。1949年より千葉大学教授として就任し、彼の関係系理論に基づき多くの実験的研究を行っている。メッツガー(Metzger,1963)の Gesetze des Sehens(視覚の法則)を翻訳した(上村保子が協力した)。同書の中に、盛永(Morinaga,1941)が在欧中に見いだした等しい幅の領域が図になりやすい視覚の傾向も「同じ幅の法則」(Gesetze der Ebenbreite)として紹介されている。錯視、透明視など視知覚の研究を盛んに行っているが、「偏位の矛盾」を指摘し、多くの錯視図形を例にして、長さ·大きさ·傾き·曲率などの知覚は点の移動に還元できないことを指摘し、安易な場理論の導入に警鐘を鳴らした(盛永,1957;盛永·池田,1965)。著作集に『知覚心理学』(盛永,1969)がある。彼の講義録と視覚体制、知覚に於ける関係系の研究、錯視と図形残効、恒常現象、運動視、その他の研究が収録されている(野沢,2009;大山,2009;上村,2009;高島,2013)。盛永の学風は、門下生の古崎敬、野口薫(1935-2006)、鷲見成正、上村保子、和氣(池田)洋実らにより受け継がれている(野口薫論文選集編集委員会,2008)。

7 知覚研究への影響
 森(1970)は執筆の時点で注目されていたケーラー、本川、横瀬、小保内らの視覚上の誘導理論を出来るだけ客観的に紹介し、視覚閾の変化であるS場と見かけの変位に関係するD場に分けて展望している。ケーラーの場理論と小保内の感応理論(森,1970)は共に物理学概念の借用であり、距離の増大と共に影響力が減少することを仮定しているが、小保内はケーラーに批判的であった。ところが1963年のワシントンD.C.で開催されたアメリカ心理学会大会において、ケーラーが特別講演中で日本の研究を引用し、称賛した(Kohler,1969,訳文 p.103)ので、講演後2人は握手した。帰国後小保内はケーラーの場理論に対する批判的態度から友好的態度に急変し、当時の東京教育大学学生を驚かせたという(大山,2013)。
 ケーラーら(Kohler,1940;Kohler & Wallach,1944)が見出した図形残効(figural aftereffects)の現象は、野沢、大山らによって組織的に研究され、国際的にも注目されている(野沢,1968;Sagara &Oyama, 1957; Oyama,1978)。

8 行動研究への影響
 ケーラー(Kohler,1917)によるチンパンジーの道具の使用の研究に対しては松沢(1991)らの飼育及び野生チンパンジーンの道具の使用研究がある。
 ウェルトハイマーの『生産的思考』(Wertheimer,1943)が矢田部達郎により翻訳されている。
 レヴィンは1933年に来日し東京大学、九州大学で講演した。東京大学では、増田惟茂教授と議論し、九州大学ではかつての協力者佐久間教授の歓迎を受けた(Marrow,1969)。
 彼の研究と学説に対しては当時の日本の若手心理学者の関心が高く、相良守次ら十数名でレヴィン·クラスという研究会が定期的に開かれた。のちに木曜会と改称される(Marrow原著,望月·宇津木訳,1972の付録にレヴィン·クラスからの寄せ書きあり)。
 レヴィン(Lewin,1935,1936,1938)が提案したパーソナリティーの力学説、トポロジー心理学、ヴェクター心理学は日本の心理学界に広く導入され、人の要求行動の理解に貢献している(相良,1942)。  また彼は1945年にマサチューセッツ工科大学に集団力学研究所を設立し、集団心理学研究を行っているが(Lewin,1948)、我が国では、三隅二不二(1924-2002)が九州大学教育学部に集団力学講座を設置し、また公益財団法人集団力学研究所を設立(1967~)、集団の心理学的研究を盛んにした(三隅,1986, https://www.group-dynamics.org/)。

9 終わりに
 上記では、わが国の心理学がヴントの心理学から脱却し、第2次大戦後の新行動主義の影響が到来するまでの間に、強い影響を与えたゲシュタルト心理学について論じた。特にケーラーの知覚場の理論とレヴィンの生活空間の理論の影響が強いと判断された。知覚の場の理論の成果の一つである図形残効(figural after-effects)に対する日本の実験的研究については国際的にも高く評価されている(Sagara&Oyama,1957;Oyama,1978)。また戦後のアメリカ新行動主義の導入に際しても、ゲシュタルト心理学の影響を受けたトールマン(E.C.Tolman,1886-1959)がスキナー(B.F.Skinner, 1904-1990)より先行した受容が見受けられる(大山,1954)。
文献
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Wertheimer, M. 1943 Productive Thinking. Harper & Brothers Publishers.(矢田部達郎(訳)生産的思考 岩波書店,1952)

(2019年3月9日受付、2019年7月27日受理)


"Introduction of Gestalt Psychology into Japan"
OYAMA, Tadasu (former professor of Nihon University and University of Tokyo)

   
 Influence of Gestalt Psychology on Japanese Psychology in the early to middle 20th century was reviewed in the following eight points: 1) Start of Gestalt Psychology in Germany, 2) Sadaji Takagi's report of Gestalt Psychology in 1921 and his related experimental studies on visual perception, 3) Kanae Sakuma's study in Lewin's laboratory and Sakuma's introduction of Gestalt psychology to Japan, 4) Hiroshi Chiwa's study under Köhler and his promotion of Gestalt theory. 5) Controversy on the educational standard of psychology in Japanese old-system high-schools in 1939. 6) Shiro Morinaga's studies with W. Metzger and E. Rubin and his studies on visual perceptions in Japan, 7) Influence of Gestalt-psychological field theories in visual perception, 8) Influence of Gestalt Psychology on behavioral studies, including chimpanzee's tool-use and human group dynamics, 9) Concluding remarks.

Key words : Gestalt psychology. Japanese psychology, field theory, visual perception, whole and parts.